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どうして今「仁丹」か
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仁丹、ある年代以上の方には、以前は旅行やお出かけの際には必ず携帯した品。
しかし、かつてあんなに身近にあった仁丹は、今はさっぱり目に、口にすることがない方が多いのではないだろうか?
タブレットやらサプリメントやら、仁丹の子孫ともいえる食品がコンビニを席捲している現代、その原点である仁丹を見なおすことで、乱れつつある日本人の食生活を打破する方向が見えてくる・・・わけないな。
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しれは、職場のなんの変哲もないヒトコマからだった。
いつも苦虫をつぶしたような顔をし、大して重くもない荷物をしんどそうに運んでくるα氏(推定59歳)。
その日もα氏は相変わらずしぶーい顔をしてご訪問し、私は納品書に判を押し、商品を受け取って、ふと彼の顔を見上げた瞬間。
小学2年生のときに亡くなった祖父と同じ匂いを感じた。
いや、正確には匂いの面影を見つけていたのかもしれない。
そして私はつぶやいていた。
「…仁丹紳士…」
初夏のまぶしいばかりの昼下がり、見つけた祖父の面影。
そのときだった。
「え、そのジンタンってなんですかー?」
職場の後輩のXちゃんからの不意打ち。
「えー、それはたべものなんですかー?」
そ、そうですけど、ほんとにXちゃん知らないの?
「だって、コンビニで売ってないじゃないですかー」
おお、確かにコンビニで見た記憶はない。さらに電車でガムやタブレット、数歩譲って都こんぶを口にしている人は見かけるが、仁丹を携帯している人なぞ、ここ数年以上、見た記憶もない。
ここはひとつ、愛しい後輩のため、そして日本の正しい食生活のため?、さらに私のおじいちゃん探しの心の旅として仁丹を深く知る必要がありそうだ。
早速、家に帰って親に伝える。
「今日な、死んだおじいちゃんと同じ、仁丹の匂いしてる人に会ってん」
まな板から顔を上げた母が言う。
「おじいちゃん、タバコはよう吸ってたけど、仁丹はどうやろう…」
え、では、私の嗅覚の記憶は一体・・・?
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