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日記番外編 

 ベトナムの旅

2003.9.18〜21

☆登場人物

Aちゃん(今回一緒に旅行に行った友人)
リーちゃん(現地で知り合ったベトナム人。宿泊したホテルのドレスショップに勤務していた)
レナちゃん(リーちゃんの従兄弟。リーちゃんに紹介された)
そして私

☆今回の旅の概要

行き先:ベトナム ホーチミンシティ
航空会社:チャイナ エアラインにて、名古屋⇔台北⇔ホーチミンと、往復とも台北経由
旅の準備:ベトナムへはビザが必要。今回は旅行会社にて手配してもらった。


☆1日目

早朝、名古屋空港からまずは台北へ。
中年男性数名+中年男性添乗員のグループに自然に目が行ってしまう。
目を向けるたび、添乗員さんのヅラが大きく前に後ろにずれているから。

まずは私は1年半ぶりの台北の空港に到着。トランジット待ち。
1年半前よりも全体的に少しきれいになっていた。
作りかけだったけど、故宮博物館の分室みたいなコーナーができていて、面白かった。
免税店をうろうろしていたら、2回も台湾の言葉で話し掛けられる。

ここでホーチミン行きの飛行機に乗る。
台湾人の客室乗務員に「アナタタチ、ニホンジンですかぁ?」
と聞かれ、乗務員や機内のサービスについての日本語のアンケートの記入を頼まれる。
そのせいか、台北→ホーチミン機内での乗務員の微笑みやら、柔らかい物腰やらは日本人好みだった。
しかし、帰りのホーチミン→台北機内は全くそんなことなく、仕込み満点のアンケートだったなあ、
と気がついたのだった。残念だけど。

そうこうしているうちにホーチミンが近づき、入国カードともう一枚、紙を渡される。
そう、SARS対策のチェックシートだ。
そういや、経由地の台湾もベトナムもSARS患者がいた地域なのだ。
台湾で降りる人達も台湾政府による同様のチェックシート渡されていた。
ベトナムでは入国審査の手前でビデオデッキが設置されており、
通行した人の体温が色によって表示される端末をお役人さんがじっと見ていた。
ちなみに台湾入国の際は耳による体温測定が行なわれる、と機内アナウンスがあった。

そしていよいよベトナム入国!
空港内はがらんとして暗い感じだったが、一歩外に出ると、人々の熱気であふれかえっていた。
ガイドさんはドゥンさんという仕事熱心な男性。
ドゥンさんの日本語は
「ベトナムはサズ(SARSのこと)、サズあってさー、観光客がぐっと減りました」
「それで貧乏が増えてさー、犯罪が増えています」
といった感じで、ときどき語尾が「あんだがたどこさ」現象を起こしてしまっていた。

今晩は予めパックツアーについていた中華料理レストランでとる。
ちょっと期待が大きかったせいか、うーん、という味。
ビールを飲んで真っ赤になっている私を見て、ドゥンさん、
「ああ、太陽になってる!」と。
可愛いことおっしゃるやないの。

ホテルに戻り、ホテルに入っているドレスショップで、Aちゃんがワンピースをオーダー。
その際、担当していた店員さんに
「明日、私オフだから遊ばない?」と誘われた。それがリーちゃん。
翌日、11時に待ち合わせすることにした。
☆2日目

リーちゃんとおでかけ。

写真にはないが、ベンタイン市場にて値切り交渉を行なったあと、
私とAちゃんがあっさり引き下がるのを見て、リーちゃんから
「値切り方が甘い!」と叱られた。
とにかくこの市場、カタコトの日本語なのに、大阪のおばはん以上の勢いでもって
猛烈な売りこみをかけてくる。
例えば、サンダルを買った際にも、サンダル屋だとおもっていたおねえちゃんは
実はコーヒー屋で、コーヒーを買わないとサンダルを渡さないとしつこく迫ってこられたり。

25歳というリーちゃんは本当に元気いっぱいの女の子だった。
「お金のため」にアルバイトしている、ホテルのドレスショップの仕事のほか、
本業の芝居のディレクター、さらに演劇学校の先生、スタントウーマンも兼業している。
腕には、スタントをしていたときに出来たという傷跡が残っていた。
彼女も平均的ベトナム人にもれず、バイクを持っており、待ち合わせのホテルにも颯爽とあらわれた。
そして、ホテルに帰って鼻をかんだら、ティッシュが真っ黒になった。
リーちゃんがいて本当によかったと思った。
街中、すさまじいほどのバイクが走っており、ほとんど信号がないので、旅行者の私達だけで道を横断するのは不可能だったから。
写真は市民劇場。このあたりのバイクの数は特に半端じゃなかった。
人民委員会庁舎。
このあたりには専門カメラマンがでっかいカメラを首から下げて、観光客が来るのを待っている。
外国人だけでなく、ベトナム人の観光客も集団で記念写真を撮っていた。
ピースをしている人はいなかった。
ZAKKAという有名な洋服&雑貨屋さん。
客は日本人のみだった。
ここだけでなく、あちこち、日本人「だけ」入っている服や&雑貨屋がある。
でも、日本で売っているものと遜色ないものが半額ほどで入手できる。
結婚式に出席する予定のある人は本当にいい買い物ができるとおもう。
サイゴン教会。
ガイドブックには、写真撮影「だけ」に来る新婚カップルがうじゃうじゃ、
と書いてあったけど、誰もいなかった。
中央郵便局内部。
ここから出した葉書は、3週間近くたって日本に届いた。
切手を貼るのに、水糊が用意されていたのが新鮮だった。
中央にぼんやりうつっているのはホーおじさん。
そして。
夕食は、お昼にも連れて行ってもらったレストランへ、リーちゃん、レナちゃんと、私達4人で出向く。
このレストランは、日本にあるベトナム料理屋さんなんてメじゃないほどおいしかった!!
現地の人も、そして日本人をのぞく、海外からの観光客もいっぱい来ていた。
でも、生春巻きに「生」のドクダミがハーブとして入っていたのはビックリした。

リーちゃんの従兄弟であるレナちゃんの本業はベトナム語と英語の翻訳者。
リーちゃんが動なら、レナちゃんは静。対照的な従兄弟だけど、すごく仲が良いのが伝わってくる。
日本人がVやTHの発音が難しいように、ベトナム人にも難しい発音はあるみたいで、
リーちゃんと話していても、知っている単語が聞き取れないことがあったけど、
さすが本業のレナちゃん、ビューティホーな英語でお話する。
しかし、レナちゃんもそれだけでは食べていけないとのことで、
韓国系のジュエリー会社で仕事していると話していた。

この後、リーちゃんレナちゃんは、
私達を、ベトナム都市部における、たぶんプレイスポットとおもわれるライブハウス兼バーに連れて行った。
ベトナムの女の子は、水商売か「プロ」のお商売の子以外は、まずお酒・タバコはやらないらしい。
人前でお酒を飲むのは恥ずべき行為のようだった。
なので、この店で4人ともソフトドリンクをオーダーする。
周りは8割カップル。
ほとんどのカップルは、前で鼻にかかる声でギターの弾き語りをするおじさんをうっとりと見つめている。
おじさんの歌っている曲は、ベトナムのヒット曲らしく、
ときおりリーちゃん、レナちゃんも一緒に口ずさんでいた。
ところで、ベトナムのカップルは、意外にも積極的で、夜の公園なんかで熱烈キスを交わしていたり、
ひしと抱き合ったまま、何分も固まっていたりした。

店を出て、2人と別れ、ホテルに戻ると、世界のどの国に行っても万年肩凝りの私のたっての希望で、
ホテルのマッサージを受けることにした。
Aちゃんと2人、指定された部屋に行くと、ベトナムの女の子がそれぞれ1人づつ担当してくれた。
彼女達は英語ができないので、身振り手振りなのだが、
いきなり素っ裸になれとの指示でビックリ。
マッサージ自体はまあまあだった。値段は日本では考えられないほど安かった。
☆3日目

ホテルのレストランで朝食後日本で予めオーダーしていたメコン川クルーズのツアーに。
まずはホテルにガイドのドゥンさんが迎えに来て、同じツアーに参加している子2人と私達、計4人で出発。
ミトーに向けて車で出る。
途中、田園が広がるなか、随所にハスのピンクの花が咲き乱れているのを見かけた。
極楽浄土系風景。
ベトナムの人は、レンコンも食べるけど、
それ以上にハス茶(ハスの葉と茎を使用する)、ハスの実(砂糖漬けが多い)の需要のほうが多く、
あちこちで栽培しているとのことだった。
ハス茶は飲みにくくはないけど、特においしいものでもない。
肌荒れに良いそうで、知り合ったリーちゃんもレナちゃんも、2日目のレストランで私のボロボロの肌を見て
「飲んだら良いよ、飲んだら!」
と強力に勧められた。
メコン川。
写っているのは船の給油所。
メコン川は広い。そしてどこも泥色。
この川でとれた象の耳という名前の魚はパサパサして口に合わなかった。
ドラゴンフルーツ。
メコン川の中州には、果樹園があるところが多いらしい。
ドラゴンフルーツは、外は真っ赤、中は白い果肉に
黒ゴマみたいなのがプチプチと散らばっている。
おいしかった。
アオザイと笠(写真は観光客向けのサービスとしての着用)。
女学生は全身白のアオザイを着用している。
レナちゃんに「生理中は大丈夫なん?」と直球の質問をしたら、
「ナプキンを使うから問題ない」という、ズレた答えが返ってきた。
THE 社会主義。
写真は、(たぶん)みんな張り切って働こうとかそんな内容のもの。
エイズを予防しよう、だとか、産児制限しよう、とか、
いろんな種類の大看板があちこちに立っていて、
内容はともかく、色使いがかわいかった。

他にインパクトある看板?として、カオダイ教という新興宗教の
目印がある。
劇画タッチの左眉+左目が△の中に描かれているというもの。
ホーチミン市街地には、こじゃれたカフェもある。
そう、こんなにこじゃれたカフェがあるのに、道端でお手洗いする人もいる。
まさにカオス。

かと言って、衛生観念がないわけでは決してない。
事実、スーパーには野菜を洗う洗剤が売られていたりする。
ホーチミン市街地。
この交差点には辛うじて信号があった。
最後まで渡れずにが中央分離帯でぼんやりしていたら、
バイクがわらわらと集まって乗れ乗れ、と商売がはじまった。
新婚さんいらっしゃい In ホーチミン。
夕暮れ、ホテルの前でお客さんを迎えてるところを撮影。
入り口入ってすぐのところに、木管楽器とバイオリン、ギターという
不思議な編成のトリオがまったりとして全体に傾いたような感じの
クラシック(もどき)を演奏していた。
この日はリーちゃんが仕事のため、夕方からレナちゃんと3人で出歩いた。
夕食は「ベトナムハウス」という、どのガイドブックにも載っているレストランへ連れて行ってもらった。
客はほとんどが外国人。そしてその8割くらいが日本人だった。
ある意味、2日目のレストランとは対照的な光景がひろがる。
ベトナム固有の楽器の演奏タイムがあって、なんとか族の衣装(アオザイ+でっかいカチューシャみたいなの)
を着たおねえさん2人がベトナムの曲、そして日本の「花」なんかを演奏していた。

ホテルに戻り、ショップで勤務中のリーちゃんに会いにいった。
Aちゃんは初日、リーちゃんと出会うきっかけとなったワンピースを受け取った。
とっても似合っている!とリーちゃんレナちゃんも自分のことのように喜び、誉めた。
リーちゃんもレナちゃんも、私達の翌日の帰国を聞いて、空港まで見送りに行く、と言ってくれる。
しかしパックツアーの哀しいところで、私達にも正確な時間がわからないのだ、
と話さざるを得ない。
たった2,3日だったけど、本当に良くしてくれて、楽しかった。
そんな気持ちで胸がいっぱいになりながら、Aちゃんと私は部屋に戻った。

そこで待ちうけるのは、恐怖のパッキングであった…。
☆4日目

帰国。
ドゥンさんに連れられて、バスにて空港まで。
空港は行き同様、多くの人であふれている。
非常に簡素なつくりの空港で、チェックカウンターひとつにしても、
駅の改札みたいで、本当にここでチェックしてもらうのー?という感じ。
さらにビックリしたのが出国カウンターで、
公務員のお兄ちゃんが
「滞在はホーチミンだけでしたか?」
と英語で訊ねてきたのを皮切りに、
「ベトナム好き?」
「他にはどこに行った?どこにも行かなかったの、じゃ、今度はハノイにも行ったら?」
「そうそう、ニェチェンっていう海岸のあるとこともあってねえ」
「また、きっと会おうね、またね、バイバイ」
…と公私混同なノリで一方的に話してきた。
カウンターを出たところでAちゃんと落ち合うと、
Aちゃんの担当の人は
「いやー、日本人の女の子は本当にかわいいなあ。日本人の子は大好きだ」
ということまで言っていたとかいなかったとか…。

そして、フライトまでの時間、免税店で最後のお買い物…と思ってほっつき歩くが、
なんだかガラーンとした店が多く、ちょっとがっかり。
ベタベタの「ベトナムチョコレート」「ホーチミンクッキー」の類を探すが、
裏返すとシンガポール製の文字が(でも買って職場へのお土産にしちゃった☆)。
でもここで全身コリコリの私は見つけてしまいましたよ、
「足ツボマッサージ」。
店内は薄暗い照明で、バリ島のリゾートホテルをおもわせるような内装のブースになっていた。
ぬるいお湯に足を浸しながら、サーブされたお茶はハス茶。
だけど、ジンジャーが効いていて美味しかった。
マッサージは台湾式のイッターイのとはほど遠く、
ほわほわと優しかったけど、終わったあとはとってもすっきりして満足。
でも、このマッサージの店以外は、空港内は本当に簡素で、
チェックインカウンターなんか、日本の無人駅の改札口みたいだったし、
必要最低限の機能のみ、という殺風景さが印象に残った。

そして、帰りも台北で乗り換え。
滑走路の関係で、名古屋行きの便の搭乗がかなり遅れていた。
なんだか喉が乾いた私とAちゃん。
ここで、ひょっとして役に立つかも…
と思って持ってきた台湾元、100元で自動販売機でジュースを買うことが出来た!

そしてそして飛行機は飛び立ち、夜の名古屋に着くと、
ビックリするほど寒くて、迎えに来てくださったAちゃんのご両親の装いが
すっかり秋になっていて驚いた。
そしてその後。

リーちゃんとは何度かメールのやりとりがあり、私達が出会ったショップはやめ、
なんと病に臥せっているとのことだった。
とっても元気だったのに…。
レナちゃんはリーちゃんによると「非常に忙しくて会えない」とのことで、
メールを送っても音沙汰なし。
メールのやりとりといっても、お互い不慣れな英語でのやりとりのせいか、
肝心の意志疎通がうまくいっていないのか、
「写真を送りたいからアドレスを教えて!」
と毎回メールして、リーちゃんから住所が書かれた返事が来たのが12月の終わりだった。
そして、ホーチミンの旅から3ヶ月たち、やっと私とAちゃんは、リーちゃんたちに
写真を送ることができたのだった。(完)


<おわり>


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